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▼ はじまり

自ら望んでここにいるのは、死にたがりの馬鹿ばかりだとずっと思ってる。だってわたしはここから逃げたいし、戦争なんてしたくない。それも、圧倒的に不利な勝負ではないか。どうして。どうしてわたしが戦わなくちゃいけないの。いつもいつも、わたしはひとりで泣いてばかりだった。わたしより酷い目にあっていたリナリーは今、笑顔でみんなを支えて、与えられる任務をこなしてる。年下の女の子が頑張っているのに、どうしてわたしは頑張れないのだろうか。任務だよ、とコムイさんに呼ばれると心が恐怖でいっぱいになる。たたかいたく、ない。神田はそんなわたしが気に入らない、といつも酷くイラついた態度をとってくるし、ラビは笑顔が仮面のようで何を考えているかわからない。ファインダーたちも、化学班も、戦うのがこわいエクソシストを持て余しているのは感じていた。

「はじめまして。アレン・ウォーカーです」

呪われた子。門番の検査でそう言われていた男の子。生死も、どこにいるのかもわからない元帥の弟子。15歳の彼は、わたしに右手を差し出して笑顔でそう言った。おずおずと握ったその右手は、温かかった。これはあとから聞いた話だが、彼は寄生型イノセンス適合者で、わたしに差し出さなかった左手は異形の見た目をしているらしい。生まれつきそれでは、きっと周囲から嫌煙されてきただろうに。どうして、自らこんな場所に来てしまったのだろうか。

* * *

「……っ!」

がば、と飛び起きる。窓からも光が差し込んでいないことから、きっとまだ深夜なのだろう。いつもと同じ、AKUMAに殺される夢。冷や汗で気持ちが悪い。喉もカラカラで、そっとベッドから足を下ろした。お水を飲むついでに少し散歩をして心を落ち着けなければ。ひたひたと、人気のない教団にわたしの足音だけが響く。このまま、逃げられればいいのに。イノセンスなんて、捨ててしまえればいいのに。廊下の窓から見える月を見ると、いつも頭に浮かぶ言葉がある。

「かえりたい」

ぽろり、と言葉とともに涙が零れおちた。

「あれ、なまえ?」

潜めた声がわたしを呼ぶ。慌てて涙を拭って振りかえると、いつもの団服ではなく、白いシャツを身にまとうアレンくんの姿があった。こんな時間にどうしたんですか、と問いかけてくる彼に、アレンくんこそ、と返すと、ぐう〜とアレンくんのお腹から間の抜けた音が響く。

「おなか、すいちゃって」

照れくさそうに頬を染めて頭をかくアレンくんに、ふふふ、とつい笑ってしまう。さっきまで泣いていたというのに、簡単に笑わされてしまうなんて。アレンくんはすごく不思議なひとだ。

「なまえはどうしたんですか?」

す、と自然な動きで目じりをなぞられる。きっと涙の跡があったのだろう。でも、いきなり女の子の顔に触れるなんて。英国紳士というのは恐ろしいものである。思わずぱっと距離をとると、すみません、と謝られる。いま、わたしに触ったのは、左手だった。今きっとわたしはアレンくんを傷つけた。そんなつもりじゃ、なかったの。ちがうの、と慌ててアレンくんの左手をわたしの両手で包んだ。

「い、今のは、急に触るから、びっくりして」

男の子に触られるなんて、ないから。しどろもどろに伝えると、アレンくんは優しく笑ってくれる。

「ジャパニーズは恥ずかしがり屋って本当なんですね」

日本人じゃなくても恥ずかしいと思うんだけど。あ、でもそれだと神田は当てはまらないか、と冗談めかして言うアレンくんにくすくす笑って返すと、僕でよければ聞かせて?とわたしが泣いていた理由を、アレンくんが優しく聞いてくる。言ったら、優しいアレンくんにだって呆れられるかもしれない。そう頭を過ったが、きっとわたしは聞いてほしかった。アレンくんなら、受け入れてくれるかもしれないって。ぽつりぽつり、と話しだす。こわい。戦いたくない。死にたくない。逃げたい。情けない言葉たち。アレンくんがどんな顔をして聞いているのか、怖くて見れずにいる。

「……戦うのがこわいなんて、女性なんだから当たり前ですよ」

「……でも、わたしはエクソシストだから、それじゃだめだってみんな言うの」

好きでエクソシストになったんじゃないのに。イノセンスにさえ適合しなければ、わたしは。黒の教団なんかに関わらず、AKUMAも、千年伯爵にも関わらないで生きていけたのに。ここでは誰も、わたしの声を聞いてくれない。

「じゃあ、僕がキミを守るよ」

ばっ、といきおいよく顔を上げて、アレンくんを見る。アレンくんは先ほどと変わらず、優しい笑顔を浮かべていた。なんで、と呟く。どうしてそんなことを言ってくれるの。

「なまえが帰っちゃったら、僕が寂しいから」

キミがここをホームだと思えるように、僕がキミを守る。ぼろぼろと、次から次へ涙が溢れていく。誰も、そんなこと言ってくれなかった。エクソシストなんだから。世界を救うために戦え。戦争に勝利しろ。まるで、道具のようだった。ここにいる誰もが、わたしのことを道具だとしか思ってなあと思ってた。アレンくんは年下の男の子なのに。彼にすがって、子供のように泣きじゃくった。怖い夢は、もう見なかった。

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